「ひのさんぽ」

「ひのさんぽ」について

 「ひのさんぽ」はホームページ編集部が日野市内を散歩しながら日野の魅力をお伝えするとともに、日頃感じたことを記述したものとなっており、東京土建一般労働組合日野支部の意思決定や方針と照らし合わせて合致しない部分がある場合もございます。
 あくまで、読み物としてとらえていただくことをお願いするとともに、不都合がある場合は文章の訂正も行なう場合がございますので、あわせてご了承いただきながらご覧いただきたいと思います。
 
 
 

ひのさんぽ 第3号

2017-11-20
  日野市は坂が多い。坂と言うか、小高い山?的な感じもする。坂が多いことで有名な市街地として、東京、長崎、サンフランシスコ、ナポリなどが挙げられるそうだ。東京で言えば、港区は120近く、坂のつく通りがあるらしい▼坂は台地と低地をつなげる道。低地は台地を川や海が侵食してできたところ、あるいは土地が隆起して台地が出来たので比較して低地となったというところか。台地は侵食によってできた低地と比較して台地となったか、隆起で台地になったかだ▼ややこしい話は置いといて、人生はいい時もあれば悪い時もある。今、自分の人生は低地なのか高地なのか。低地があるから高地があるのか。高地があるから低地があるのか。そんな事を考えながら多摩動物公園を歩いた。動物たちに「そんな深く考えなくていいんだよ」と言われている気がした。

ひのさんぽ 第2号

2014-03-01
  日野市は言わずと知れた新選組のふるさとだ。副長の土方歳三や井上源三郎のゆかりの場所が数多く残る。今日も、地図を広げながらそのゆかりの場所を巡る女性が数人。歴女でなくとも新選組ファンの女性は多い▼京都にのぼったのちの新選組隊士たちは、壬生浪士隊として会津藩預かりとなる。その後、池田屋事件などで、幕府警備の要職を担っていった。当時の京都は倒幕派であふれかえり、幕府の絶対的権力も衰えが見え始めていた。西の方から倒幕派が力をつけ、徐々に幕府軍勢力が寝返っていく。しかし新選組は江戸幕府、もっと言えば会津藩の松平容保に恩義を感じ、最後の最後まで新政府軍と戦うこととなる▼新選組と同様、江戸幕府のもと最後の最後まで戦い、悲しい結末となった白虎隊は会津、いわゆる福島県だ。義理堅く、忠義を尽くす福島県民の中の8万5589人(平成26年2月13日現在 復興庁データ)もの方々がいまだ避難生活を余儀なくされている▼4年目に入る3・11を前に一刻も早く避難生活から復帰できることを、日野宿本陣の前で腰を下ろしながら祈った。

ひのさんぽ 第1号

2014-02-10
  「この国は誰が作ってるの〜?」という子供の問いかけから始まるCMが最近好きだ。「俺だよ、俺」「いやいや、俺だよ」「俺、忘れてね?」と、様々な職種の格好をした同一の俳優が答えるという作りのCM。同一の男性俳優が様々に扮しているのでやむを得ないのが、女性が登場しないのがちょっぴり残念▼現代社会では、女性の社会進出は目覚ましい。仕事では、寝る間も惜しんで仕事に没頭するために、職場に寝袋を用意してる女性もいるそうだ▼女性も子供を産んで育児するとなると、今度は「寝る間を惜しんで育児」となることが多い。東京都の待機児童は昨年4月のデータで8117人と全国最多だ。どの親も子供への愛情は何よりも最上級であることは言うまでもないが、子供をすくすくと育てられるための国や都のソフトやハード面での社会環境整備も重要であることも言うまでもない▼今回当選した東京都知事の公約の「(社会福祉も含めて)世界一の東京」まで望まなくても、最低限の「人に優しく、安心・安全の東京」を望む都民はたくさんいる。まだまだ雪が解けない小高い山に囲まれた多摩動物公園前の広場で楽しそうに雪合戦をしている子供たちを眺めながらそう思いました。